日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団助成研究「がん患者のリンパ浮腫に対する臨床的手技の確立と普及に関する研究」は、平成14年度に始まり、平成16年度で終了となる。 平成14年度は、わが国における終末期がん患者のリンパ浮腫に対するケアの現状と問題点を明らかにすることを目的に研究をすすめ、リンパ浮腫に対して適切なケアが行われていない実態を明らかにし、その背景にある要因と今後の課題について報告した。 平成15年度は進行がん患者のリンパ浮腫に対するケアの有効性を検証すること を目的とし、臨床実践を通じて複合理学療法(Complex Decongestive Physical therapy以下CDPという。)の有効性と限界を明らかにした。 平成16年度はこれまでの臨床実践結果に基づき、進行がん患者のリンパ浮腫に対するケアのガイドラインを作成することを目的に研究をすすめた。 このガイドラインは、終末期がん患者のリンパ浮腫に焦点をあてて作成していることと、臨床実践を通じて得られた知見を反映させているところに特徴があり、ホスピス・緩和ケアの領域で活用できるものと考えている。 |
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Iガイドラインの作成の背景 |
本研究の初年度に行った「わが国における終末期がん患者のリンパ浮腫に対するケアの実態調査」の結果では、多くの看護師が、リンパ浮腫に対する知識と技術を習得したいと考え、そのための研修や教材を求めていることが明確になった。当時は、リンパ浮腫の病態からケアの実際までを網羅した日本語版の文献もなく臨床に携わるものにとって、リンパ浮腫のケアは困難なものであった。 そこで我々は、臨床で浮腫のある患者に出会った時にどのような手順を踏んで介入すればよいかという疑問に答えられるガイドラインの普及により、リンパ浮腫のケアの改善を図りたいと考えた。 ガイドラインの構想から2年を経過し、その間に日本語版の文献も出版され、研修会等にも多職種かつ、多数の参加が得られ関心の高まりを感じ、リンパ浮腫を取り巻く状況が急速に変化していると実感している。 リンパ浮腫の刊行物が存在する今日に、さらにガイドラインを作成する意味は、ベッドサイドケアのハンドブックとして使用するために、目的に合わせてより簡便に情報が得られるようにすることや手元で見ることができるコンパクトさが必要なためである。 |
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IIガイドライン作成手順 |
ガイドライン作成手順は、1)目的の明確化、2)リンパ浮腫ケアの現状の把握と問題点の抽出、3)疑問点に対する文献検索、4)臨床実践データの分析、5)ガイドラインの作成、とした。 今年度は、文献検索と臨床実践データの分析に取り組み、ガイドラインとして纏めた。 |
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III疑問点に対する文献検索 |
文献検索を通じて明確にしようとしたことは、進行がん患者のリンパ浮腫に対してのケアと予後との関連についてである。つまり、複合理学療法はどのような病態まで可能か? 中止理由には何があるのか?何らかの改善の可能性はあるのか?という疑問を掲げ、文献を検討した。医学中央雑誌、ProQuestにより終末期がん患者のリンパ浮腫に対するケアについて文献検索したが、我々の疑問を文献から解決することはできなかった。 |
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IV臨床実践 1目的 |
進行がん患者のリンパ浮腫に対するCDPの有効性を予後との関連において明らかにする。分析の結果を基に終末期がん患者のリンパ浮腫のケアのガイドラインに反映させる。 |
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2方法 |
対象者 |
CDPを実施した患者は33名であったが、病状の悪化や通院の中断等により継続した観察ができなかった患者がいたために、CDPの介入開始から死亡までの期間を継続的に観察できた患者を本研究の対象とした。 国立がんセンター東病院の外来および入院患者15名。その内訳は、男性8名、女性7名、平均年齢60歳(46~85歳)リンパ浮腫を伴う病期Ⅲ・Ⅳの患者を対象とした。 |
期間 |
2002年6月1日~2004年11月30日 |
方法 |
① |
リンパ浮腫のある病期Ⅲ・Ⅳの入院、および外来患者を対象にリンパ浮腫に対するケアを実施した。 |
② |
CDPを行った患者のケア記録と診療録から、死亡前3日、1週、2週、3週、4週、2ヶ月の各時点のCDPの実施の有無と、変更の内容・理由、感染の有無、浮腫のグレード、パフォーマンスステイタス(PS)の項目について分析した。 |
③ |
得られた結果をもとにガイドラインを作成した。 |
リンパ浮腫のケアにあたる看護師は本研究のメンバーでもある緩和ケア病棟の看護師2名に限定した。 |
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倫理的配慮 |
研究の主旨を口頭で患者に説明し同意を得た。データ収集、分析にあたっては個人が特定できないように配慮した。 |
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3結果 1)対象患者の背景 |
腫瘍の原発巣は(多重がんを含む)乳腺2名、頭頚部2名、その他11名で、介入開始時のPSはPS0:5名 、PS1:5名、PS2:4名、PS3:0名、PS4:1名であった。介入時にリンパ浮腫と低アルブミン血漿による全身性の浮腫を併発していた患者は2名、リンパ浮腫のみ出現した患者は13名であった。 浮腫の主な部位は顔面・頚部6名、上肢8名、下肢15名、陰部2名で、リンパ浮腫の程度はグレード0期、3期はなく、グレード1は7名、グレード2は8名であった。介入時の皮膚の状態として正常な状態であったものが9名(60%)、乾燥しているが5名(33%)乾燥しはがれている・角質化しているは0名、リンパ漏などの問題を抱えたもの1名(7%)で、急性炎症性変化を起こしていた患者はいなかった。ただし、リンパ浮腫を伴う部位やその周辺に皮膚転移や皮膚浸潤が生じ感染・炎症などの皮膚のトラブルを抱えている患者が4名(27%)いた。使用している薬剤としてオピオイド11名、利尿剤1名、コルチコステロイド6名、抗生物質1名であった。抗生物質を使用していた1名は全身性の感染を併発していたため薬物療法が行われていた。 介入期間は平均133日(42~407日)で、終了理由は死亡10名(67%)浮腫の改善1名(7%)病状の進行4名(27%)であった。 |
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2)CDPの実施結果 |
◎皮膚のケア(図1) |
皮膚のケアとしては、清拭や入浴などの清潔ケア、流動パラフィン・白色ワセリン(1対1の混合軟膏)による保湿ケア、ゲンタシン軟膏・アズノール軟膏などによる皮膚創傷やリンパ漏に対する創部のケアを実施した。 死亡前3日から2ヶ月の全ての周期において全員に行われていた。変更理由では外来患者が途中で実施しなくなった、リンパ漏の消失により方法が変更となった、病状の悪化で変更となったものがそれぞれ1名いた。 |
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◎簡易リンパドレナージ法(Simple Lymphatic Drainage)(図2) |
SLDは、患者、家族によって行われるリンパドレナージ法である。感染・炎症や静脈血栓症などの禁忌症状のない患者で患者あるいは家族の実施できる対象者に指導し実施した。 死亡前2ヶ月の時点では6名(40%)、28日では7名(47%)の実施が確認できたが、死亡前21日には3名(20%)、14日では2名(13%)と減少し、死亡前7日になるとSLDは実施されていない。中止の理由としては死亡前2ヶ月にケアが苦痛となった、血圧が不安定になった各1名であり、他は死亡前28日から7日の周期に病状悪化により中止していた。 |
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◎徒手リンパドレナージ法(Manual Lymphatic Drainage)(図2) |
MLDは専門家によって行われるリンパドレナージ法であり、感染・炎症や静脈血栓症などの禁忌症状のない患者で、MLDによる消耗や苦痛が生じない患者を対象とし、外来患者の場合は通院時に実施し、入院患者には原則的に毎日施行した。 死亡前2ヶ月では5名(33%)、28日では7名(47%)、21日では5名(33%)、14日、7日では各3名(20%)の患者に実施されていた。死亡前28日に増加しているのは通院から入院へと移行したためである。中止理由は死亡前2ヶ月に浮腫の軽減、苦痛の緩和、ケアによる苦痛により中止を希望した患者が各1名おり、急性炎症性変化、血圧不安定、疼痛などの症状マネジメントの優先により中止した患者が各1名いた。死亡前28日から3日までの中止理由は病状の悪化によるものであり、28日には2名(13%)、21日、14日ではそれぞれ3名(20%)の中止があり、7日、3日では実施していた3名(20%)の患者すべて中止となっている。 |
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◎圧迫療法(図3) |
圧迫療法は多層包帯法、圧迫衣類、弾性チューブ包帯を患者の状況、病態に合わせて実施した。またこれらの方法を、たとえば下肢のリンパ浮腫の場合に下腿だけ多層包帯法を行い、大腿には弾性チューブ包帯を使用するなど、患者の状態に合わせて複合的に実施した。 多層包帯法は在宅で実施した患者もいたが、手技を覚えることが困難であり、主として入院患者に行われていた。圧迫衣類ではリンパ浮腫用の平編みの製品を使用した患者と、慢性静脈血栓症を中心に使用される丸編みの製品を代用した患者とがいた。圧迫衣類の選択の時には、平編みの製品が着脱できない、経済的に平編みの製品を購入することができない、既製品の平編み製品はサイズが合わないが予後の見通しとしてカスタムメイドを注文しても届くころには使用できなくなっている可能性があるなど、患者個々の状況を考慮して決定した。弾性チューブ包帯は多層包帯の重さが苦痛となってしまう、圧迫衣類の圧迫力が苦痛となる、麻痺や苦痛などにより着脱ができないなどの、患者の状況に合わせて選択した。 圧迫療法は死亡前2ヶ月で9名(60%)、28日では8名(53%)、21日7名(47%)、14日5名(33%)、7日5名(33%)、3日3名(20%)実施されている。変更の理由としては死亡前21日で浮腫が軽減した1名がいるが、他は病状の悪化により変更、中止していた。 |
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◎運動療法(図4) |
運動療法には自動的に行う標準的な運動療法(自動運動)、屈伸を中心にした他動的な運動(他動運動)、生活動作の工夫の指導が含まれている。今回は自動運動、他動運動を運動療法として取り上げる。 運動療法の実施は死亡前2ヶ月で6名(40%)、28日3名(20%)、21日2名(13%)、14日2名(13%)、7日2名(13%)、3日1名(7%)に実施されている。具体的には自動運動は死亡前2ヶ月で5名(33%)、28日2名(13%)、21日から3日の期間ではいずれも1名(7%)であり、他動運動においては死亡前2ヶ月から7日まで1名(7%)に施行されているにすぎなかった。自動運動を実施していた患者も病状の進行により、標準的な方法から屈伸運動中心に変更していたが死亡前3日まで下肢のリンパ浮腫の運動を実施していた。 変更・中止の理由では病状の悪化であった。 |
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3)CDP実施に関連する要因 |
(1)PS(図5) |
介入後の変化では、死亡前2ヶ月でのPS0~2が67%、PS3~4が27%と自分で身の回りのことができる状態であるが、28日にはPS1~2が53%、PS3~4が47%となり、21日はPS0~2が27%、PS3~4が53%と逆転し床上から離れられない患者が増加する。14日ではPS0~2が7%、PS3~4が93%、7日はPS0~2が0%、PS3~4が93%、3日にはPS3~4が100%となりほとんどの患者が床上での生活になっている。 |
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(2)浮腫の程度 |
浮腫の程度は通院のために不明である患者もいるが、全経過を通してグレード0~2である。介入の結果グレード0になった2名は死亡前3日でもグレード0のまま維持されている。 |
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(3)感染・炎症 |
感染・炎症では介入中にAIE併発した患者が2名おり、抗生物質が使用され改善している。その他の感染・炎症はがんの皮膚浸潤、皮膚転移の創部の炎症であり、改善にはいたらなかった。リンパ漏が生じた患者は全経過を通して2名おり、1名は改善し浮腫のグレード0を維持し感染も認められなかったが、死亡前7日に出現した患者は感染・炎症はなかったがリンパ漏の改善は認められなかった。 |
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4考察 |
終末期がん患者のリンパ浮腫に対する複合理学療法は患者個々に合わせて実施されているが、傾向として皮膚のケアはどのような時期であっても施行できるケアであることが明らかとなった。また患者のPS3~4が53%と過半数を超える死亡前21日になると、実施者47%と半数近く実施できていたSLDが20%にまで減少する。MLDについてもほぼ同様のことが言え死亡前28日での実施者47%が、死亡前21日では33%に減少する。このことからリンパドレナージはPSの低下と相関があると考えられる。 圧迫療法では圧迫の方法を細かく変更することにより減少は徐々に認められている。全経過を通して圧迫療法を実施していたのは、60%の患者であった。しかし、P0~2が67%を占める死亡前2ヶ月では、47%の患者に圧迫療法がされているが、PS3~4が93%となる死亡前14日には、33%に減少している。以上のことから圧迫療法もPSと相関があると考えられる。 運動療法は、PS0~2が67%を占める死亡前2ヶ月であっても実施できている患者が40%であり、終末期になると現実的に実施することは困難である。 感染・炎症は皮膚転移・浸潤に伴う患者に認められており、リンパ浮腫の合併症としては2名に確認されている。その2名については抗生物質の使用による薬剤療法により改善が図られており、介入していたことによって早期に発見、治療ができたと考える。リンパ浮腫のケアに介入して皮膚のケアを全周期にわたって行っていることによって、乾燥した皮膚やリンパ漏を併発しても感染・炎症が起こらなかったと推察できる。 浮腫の程度をグレードでみた場合、グレードの変化はほとんどないと言える。そのことからケアの介入によってグレードの悪化を予防できるといえる。介入によってグレード0になった事例では、亡くなるまで浮腫は出現しなかったが、1事例のため傾向として述べることはできない。 |
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5結論 |
1) |
死亡前2ヶ月では、運動療法の実施が困難になる。 |
2) |
PS3~4が占める割合が過半数を占める死亡前21日には、リンパドレナージ、圧迫療法を継続していくことが困難になる。 |
3) |
皮膚のケアは死亡直前まで実施できる。 |
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V進行がん患者のリンパ浮腫に対するケアのガイドライン |
今年度の実践の結果から、昨年作成した案の見直し、ケアの指針となるガイドラインを作成した。過去2年間の実践の結果から終末期のがん患者の場合には、複合理学療法の限界を明らかにすることが重要であるということが明らかになった。ケアと予後との関連を明確にしている点は、このガイドラインの特徴である。 |
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1) |
浮腫の分類には、簡便に浮腫の程度を判断できるリンパ浮腫の臨床的分類(International Society of Lymphology)を使用する。 |
2) |
前述したように、終末期がん患者のケアに、徒手リンパドレナージ、圧迫療法が適応できるのは、死亡前3週間という結果がでたため、生命予後とケアの実際について見直した。 項目は、①アセスメント②マネジメントの方針③ケアの方法で構成されている。 |
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VI今後の課題 |
このガイドラインは、基盤となっている臨床データが終末期がん患者の死亡前2ヶ月という期間に限定されたものであることやデータ数が少ないことに推奨の強さに課題を持っている。今後、さらに、実践しながら見直し改訂をしていく必要がある。また、昨今のリンパ浮腫への関心の高まりから考えても、研究報告の増加が期待できることより、3年以内の改訂が必要と考える。 |
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VII成果の公表 |
本研究の成果は、第20回日本がん看護学会学術集会での発表を予定している。また、作成したガイドラインを小冊子にし、日本ホスピス緩和ケア協会A会員施設に配布する予定である。 |
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共同研究者: |
丸口ミサエ(国立看護大学校) |
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中辻香邦子、佐々木智美(国立がんセンター東病院) |
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鑓水理恵子(国家公務員共済組合連合会三宿病院) |
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VIII参考文献 |
1) |
Julie-Ann MacLaren (2001) Skin changes in lymphoedema: pathophysiology and management options. International Journal of Palliative Nursing. Vol7,No8:381-388 |
2) |
Julie-Ann MacLaren(2003) Models of lymphoedema service provision across Europe:Sharing good practice. International Journal of Palliative Nursing. Vol9,No12:538-542 |
3) |
Dicken S. C. Ko(1998) Effective Treatment of Lymphedema of the Extremities Archives of Surgery. Vol133:452-457 |
4) |
J. Sitzia (1997) Quality of Life Research Measurement of health-related quality of life of patients receiving conservative treatment for limb lymphoedema using the Nottingham Health Profile. Quality of Life Research. Vol6:373-384 |
5) |
Jane Board (2002) The available treatments for lymphoedema. British Journal of Nursing Vol11,No7:438-450 |
6) |
Elaine Penn(2002) Nurses’ education and skills in bandging the lower limb. British Journal of Nursing Vol11,No3:164-170 |
7) |
Susan R. Harris(2001) Clinical practice guidelines for the care and treatment of breast cancer:11.Lymphedema. Canadian Medical Association Journal;Jan23:191-197 |
8) |
大谷修・加藤征治・内藤滋雄編リンパ管形態・機能・発生西村書店1997 |
9) |
季羽倭文子監訳:リンパ浮腫、中央法規2003年 |
10) |
加藤逸夫監修:リンパ浮腫診療の実際光文社2003年 |
11) |
山田安正著現代の組織学リンパ管102~117金原出版株式会社1999 渡辺陽之介鈴木照男編人体組織学3―脈管、血液、リンパ系―リンパ管29~33朝倉書店1996 |
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