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(2011年7月1日~)
がん緩和ケアに関するマニュアル
■第6章■ 精神的ケア

 がんであることや予後が不良であるとの悪い知らせ(bad news)が伝えられた後、患者には落胆、絶望感などの心理的反応、即座に対応すべき精神症状などが起こり、対応を必要とする。

I.がん患者によくみられる心理的反応

 がんであることを告げられると、多くの人は死を連想して心に衝撃を受ける。衝撃からは次第に回復するのが一般的であるが、一部の患者では、衝撃が遷延する。情報が不確実あるいは不十分であると、不安が助長される。一方、がんに関する情報(bad news)を率直に伝えることは、患者に将来の喪失を連想させて一旦は希望を失わせ、抑うつが起こる。

 病気により職場や家庭内での役割を失うことや活動範囲が制限されることのほうが辛いと訴える患者も少なくない。これが「がんになった者でないとわからない」と患者が言う社会的疎外感である。

 一部の患者は再発を経験するが、その時の心理的反応はがんの診断時よりも深刻である。がんに関する知識が豊富になっているため、死が間近と意識する。医療従事者も再発の事実を伏せたくなるが、治癒を目指した初回治療が無効であったことを医療従事者も患者とともにしっかりと受け入れる必要がある。患者には、怒りや、無力感、見放されることへの恐怖が入り混じって湧いてくる。

 医師や看護師は達成可能な希望を支えつつ、人生の課題の優先順位を変更するなど多くの重要な選択について患者を援助し、痛みをはじめとする諸症状は緩和できることを確実に伝える。また、自分ひとりでは対処できないことが増えるにつれ、人に頼ることへの心理的苦痛も増してくる。疎外感、孤立感、落胆、不安などの感情の表出を促し、患者が置かれた状況に理解を示す。不眠、食欲不振、全身倦怠感などの身体的症状が続くようであれば、抑うつの発生を考慮する。

II.精神的ケアの前提となるコミュニケーションのポイント

1.コミュニケーションの場の設定

 ベッドサイドに座って話すことを心がける。立ち話ではコミュニケーションがいつ途切れるかと患者は不安である。病状説明や治療方針など重要なことを話し合う場合は、邪魔の入らない、落ち着いた部屋を使うなど、患者が気持ちを打ち明けられ、医療従事者がそれを受け止めるのにふさわしい環境作りを心がける。

2.患者の気持ち(感情)に焦点をあて、それを受け入れる

 会話の内容には、事実の側面と気持ち(感情)の側面とが存在する。気持ちにも焦点をあてることによって共感的な思いやりのあるコミュニケーションができる。「今日はいかがですか?」との医師からの問いかけに、患者が「昨夜は、眠れませんでした」と答えたとする。それに対し「それでは睡眠薬を増やしましょう」と応じた場合、単なる事実の側面についての会話にすぎなくなる。医師が「それは辛かったでしょうね。睡眠薬を増やしましょうか?」という気持ちの側面にも一言つけ加えると、コミュニケーションは共感的となる。

 患者は落ち込み、悲しみ、怒り、不安を感じ、自分ひとりだけがこんな気持ちになっているのではないかと孤立しがちである。そこで、患者の感じ方や考え方をあるがままに受け入れる。例えば、「ほとんどの人はそのように感じていらっしゃいますよ」「そういうふうにお考えになるのはよく分かります」と理解を示し、受け止めることが精神的ケアにつながる。

3.気持ち(感情)を尋ねる

 患者の気持ち(感情)がつかみにくいときには、「今、どのように感じているか話していただけますか」「今の話をもう少し詳しく教えていただけますか」と尋ねるとよい。医療従事者が自分の先入観との間にギャップがあることに気づく機会にもなる。身体の具合や痛みについて繰り返し尋ねるのと同じように、患者の気持ちについても繰り返して尋ねる。

III.終末期におけるスピリチュアル・ケア


 死に近づく過程では孤独感、疎外感、身近な人とのつながりを失うこと、そして身体機能や自律性を失うことなど多くの喪失を体験する。患者は「死」そのものよりも、「役に立たなくなり周囲の重荷になっているのではないか、自分には価値がなくなり見捨てられるのではないか」という精神的な苦しみを抱きやすい。とくに、「自分は何のために生きてきたのだろうか、何を成し遂げてきたのか」という「人生、志なかば」との思いの強い患者に対してはスピリチュアルな痛みへのケアが必要である。

 終末期がん患者に対しては個別性の尊重が重要である。社会的・実存的存在としての「人」が、単なる「終末期・がん・患者」という生物学的存在として扱われないためにも個別的な配慮が必要となる。具体的には、許される範囲で生活歴などについて問いかけ、それについて語り合うことが糸口となる。生活歴の中の輝かしい過去ばかりでなく、これまでの仕事や趣味、大切にしてきたこと、辛くても頑張ってきた生涯の物語などを聞き出すと、社会的・実存的存在としての患者個人の歴史を踏まえたうえでの関わりが始められる。個人の過去と現在とを共有することで、「終末期・がん・患者」という生物学的存在を越えて接することができ、たとえ生存期間が短いと予測される場合であっても、未来への希望について話し合えるようになる。医療従事者は患者に対して「することが少なくなった」と感じると、罪悪感や無力感を感じ、足が遠のきがちになるが、死に近づいた「人」を訪れ続け、人としてのつながりを維持していく。

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