今月のコラム |
土屋 静馬 |
カナダ・マギル大学Whole Person Care Program ハッチンソン教授に学ぶ ―医療の現場で“Healer: 癒し人”が担う役割とは? 土屋静馬: 2002年昭和大学卒。昭和大学横浜市北部病院・総合内科(腫瘍)。 2015年よりマギル大学医学教育学修士課程に留学。ハッチンソン教授のもとで、医療者に向けた全人的ケア教育の研究・開発を行っている。 カナダ・マギル大学医学部では、医学生を“優れた”医師へと育てるための緻密な医学教育プログラムが実践されており、「Physicianship Program」と呼ばれています。“Physicianship”という語は、マギル大学の医学教育センターが作り出した造語で、Friendship(交友)やApprenticeship(徒弟制度)などの語を元に、“優れた”医師は知識・技能の習得だけでなく、人と人との交流を通して作られるという信念に基づいています。具体的には、医学生は在学中の4年間でPhysicianship Programを通じて、広範な医学的な知識や技能を体系的に習得すること(プロフェッショナル教育)と同時に、患者やその家族、同僚や友人との交流を通して、最終的に人の苦悩に向き合うことのできる医療者となること(Healer role教育:“癒し人”となるための教育)を目指します。そして、この後者のHealer role教育の責任者が、マギル大学Whole Person Care Programのハッチンソン教授です。 ハッチンソン教授は、アイルランドの出身で、医学部卒業と同時にカナダのマギル大学に移り、腎臓内科医としてそのキャリアをスタートさせたということです。内科のなかでも腎臓内科がもつ論理的で科学的な側面に惹かれ、専門医としてそのキャリアを重ねる一方で、徐々に自分の診療において、“人”としてもっと何かできることがないかと考え、最終的に緩和ケア医としての道を選んだそうです。その選択には、北米の緩和ケアの父・バルフォア・マウント教授 (1975年にマギル大学病院内に世界初となる“緩和ケア病棟”を創設) との出会いも大きかったようですが、それ以上に、自分の心に響く仕事をしたいという思いが強く影響したとのことです。その後、2004年に現在のWhole Person Care Programの教授に就任、腎臓内科医、緩和ケア医としての診療とともに、上記の“癒し人”としての医療者を育てるための医学教育プログラムの発展に尽力されています。 しかし、“癒し人”としての医療者とは何でしょうか?毎週金曜日に開かれるWhole Person Care Programの全体ミーティングには、時々、意欲のある医学生が参加します。ある時のミーティングで学生が、「僕はWhole Person Careの授業にとても感銘を受けました。これは絶対に医学生の間でも深く議論し、学生の目線からも分かり易く、うまく形にして広めるべきものだと思います。そのためにも、やる気のある学生で集まり、組織を作って定期的にミーティングを開き議論を重ねていきたいと思いますが、具体的にどのように形にしていったらよいでしょうか?」と質問したことがありました。しかし、ハッチンソン教授は、「君たちの意欲にとても感銘を受けています。しかし、Whole Person Careで、特にHealer(癒し人)としての視点を考える場合、具体的な形や理想的な医師患者関係を想定して、それを目指したり、その要素を取り出そうとするようなことは絶対に勧められないのです。Healerの視点で異なるパラダイムから患者さんをみるということは、単に相手の視点に立つとか、こういうことをしたら喜んでもらえると想定するとか、そういうことではないのです。確かに、私たち医療者は思考の癖として、どうしても最終的に医学的な視点からものごとをみて分析しようとする考えに収束してしまう傾向にある。しかし、Healerの視点とは医学的な枠組みをいったん脇において、いまここにいる私が、いまここにいるあなたとつながりをもとうとすることなのです。患者さんは、そのつながりを通じて、いまここにいる自分自身を生き、そして医療者自身もそのつながりを通じて、“人”としていまここにいる私自身を生きる。そこにある関係は形ではなくつながりであり、きっかけなのです。もし、そこに形を求めるとしたら、どうしてもまた「いい形」・「悪い形」という議論が始まってしまうでしょう。これは私たちが一般的に「いい芸術」・「悪い芸術」を決められないのと似ています。芸術の価値は、それに触れた人に新しい自分の意味を見いだすきっかけを作ることができるかどうかで決まる。同じように人と人との関係も、お互いが新しい“いま”を生き、新しい意味を生きるきっかけとなるものであるかどうかです。新しい“いま”を生きるということは、新しい意味を生み出す可能性のある私(あなた)にまた出会うということです。“癒し人”としての可能性をもてるかどうかということは、まず第一にその視点を理解し、目の前の人と、“人”としての関係を築くことができるかどうかということです。」 医学的視点は理論的に理想とされる形を目指すことであるのに対し、癒し人の視点とはまさにいま・ここで生み出される私(あなた)の意味に注目することを指します。それは何かの形を目指すのではなく、まさに可能性に開かれた“人”のあり方に注目するということなのです。 しかし、カナダで最も歴史のある大学の一つであるマギル大学は、伝統があるがゆえに、ある意味で“形”をもとめる実証学的な視点が求められる機会が多いのも事実です。そうしたなかで、どのように“形”がないという“形”を示しているのでしょうか?また、そうした苦労をどのように考えていらっしゃるのでしょうか?その問いに対し、ハッチンソン教授は、「そのことを十分に理解したうえで、この自分の仕事の役割を楽しんでいます。なぜならとても大事なことで、学生や現場で働く医療者に伝えていくべきことだという確信があるからです。“形”がないという“形”を示すために(笑)、Whole Person Care Programでは、定期的にPeer Reviewed Journalを発刊したり(※1)、Whole Person Careに関わる日常診療上の問題を議論できる国際学会を主催しています。」 今年は10月12日~15日にWhole Person Care Programが主催する第2回International Congress on Whole Person Careが開催されます。ぜひ皆様も、“癒し人”の視点を学びに、秋のカナダ・モントリオールへ足を運んでみてはいかがでしょうか? (※1) International Journal of Whole Person Care:オープンアクセスジャーナルで年2回、1月と7月に発刊。 (URL:http://ijwpc.mcgill.ca/) |
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Whole Person Care Programのオフィスの中で。 Hutchinson教授とともに |
机は教授席の隣、油断はできません。 |
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マギル大学 |
マギル大学のレッドパス博物館 |
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マギル大学メインストリート |
大学の創始者、ジェームス・マギルの銅像です。 雪に埋もれています。 |
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第2回 Whole Person Care 国際学会が、2017年10月にカナダ、モントリオールで開催されます | |||||
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Whole Person Care ワークショップ |
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ホスピス財団ニュース 4月号が発行されました。 | ||||||
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ホスピス・緩和ケア白書2017が刊行されました | ||||||
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『新たな全人的ケア・・医療と教育のパラダイムシフト』 好評発売中 | ||||||
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情報コーナー |
新刊紹介 | ||||
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ホスピス・緩和ケアに関する新聞記事の紹介 | ||||
・東日本大震災を機に、東北大学で「実践宗教学寄付講座」を開設し、遺族ケアに従事する臨床宗教師養成に取り組んでいる鈴木岩弓氏の活動を対談で紹介した記事 (毎日新聞 2017/3/9 掲載) |
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・医療ボランティアの活動を紹介した記事、日本病院ボランティア協会の吉村規男理事長へのインタビューや、その他の団体の働きが紹介されている。
(毎日新聞 2017/3/8 掲載) |
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・改正がん対策法が、昨年12月に施行され、がん患者の就労を支援することが強化されてはいるが実際には、退職や異動を迫られていることもまだ多いという課題を紹介した記事
(読売新聞 2017/3/5 掲載) |
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・ホスピスでボランティアを6年前から行っているコミックエッセイストの、たかぎりょうこさんのコラム
(読売新聞 2017/2/21 掲載) |
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・がん免疫治療薬オプジーボが値下げされたことに関して議論が盛んではあるが、一方で、がん患者の全体にもっと目を向けて、相談支援、就労支援や、患者同士の繋がりも大切な課題であることを提言した記事
(読売新聞 2017/2/18 掲載) |
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・より良い医療環境を作ることを目的として医療や介護の体験記を広く募集する「心に残る医療」体験記コンクールが開催され、その受賞作品を紹介した記事 (受賞作品は左記のサイトで閲覧できます) → https://event.yomiuri.co.jp/iryo-taikenki/ (読売新聞 2017/2/18 公告記事) |
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